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山極寿一氏の論考

3月9日の朝日新聞の山極寿一氏の「人類はどこで間違えたのか。共感力と技術 賢い使い方を」の表題の論考に共鳴した。

「人類は進化の勝者」という考えが間違っていると私は思う。
そもそも人類に最も近縁なアフリカの類人猿は、2千万年前から勢力を伸ばし始めたサルたちに押されて、種の数を減らしてきた劣勢の種だった。
サルに比べて消化能力も繁殖能力も劣っていたからだ。乾燥地や平原に進出したサル類とは対照的に、類人猿は現在も熱帯雨林とその周辺にしか生息していない。
一方、地球が寒冷化し始めた700万年前、人類の祖先は直立二足歩行を駆使して、熱帯雨林から徐々に草原へ進出を果たした。それは強かったからではなく、弱かったから縮小する森林にすみ続けることができなかったのだ。速力でも敏捷性でも劣る二足歩行は、自由になった手で食物を運び、安全な場所で仲間との共食を導いて人類の生存を助けた。
人類が粗末なやりを使って狩猟を始めたのは50万年前であり、それまでは肉食動物に『狩られる』存在だった。互いの身を守るために助け合い、集団の規模を少しずつ拡大して肉食動物の脅威を防ぐことが人類の社会力を育てたのである。それは互いの社会関係を熟知して、即座に気持ちを理解し合う共感力によって鍛えられた。共食や共同の子育ては共感力の強化に役立ち、歌や踊りなどの音楽的なコミュニケーションはその触媒となった。つまり、人類は進化の大半を「弱みを強みに変える」ことによって発展してきたのだ。
その共感力に満ちた社会に7万~10万年前、言葉が登場した。それが人間を勝者と見なす大きな原動力になった。言葉によって世界を切り分け、物語にして出来事を因果関係によって解釈し始めた。人間は物語の主人公になり、環境を対象化して世界を支配するようになった。1万2千年前に農耕・牧畜という食料生産が始まったのも、人間を主役にして環境をつくり替える考えが主流になったからだろう。苦難を伴う道だったが、やがて余剰の食料を生み出し、人口を増大させる道を開いた。
しかし、定住と所有という農耕・牧畜社会の原則は個人や集団の間に多くの争いを引き起こし、やがて支配階層や君主を生み出し大規模な戦争につながる温床となった。集団間の争いで死亡する人の割合は巨大文明が発達した3千~5千年前に最大となった。そして下剋上の世の中を生き延びるためキリスト教や仏教などの世界宗教が生まれた。
この時期に人間は、現世の苦しみはあの世で救済されるという考えを抱くようになった。これは人類が長い進化の過程で発達させてきた共感力を、敵意を利用し拡大させる道を開いた。もともと共感力は150人程度の集団で働く顔見知りの仲間意識だ。急激に社会の規模を拡大し、顔も知らない人々が自己犠牲をいとわずに助け合うために、支配層は言葉を弄し、武力を強化し、社会の外に共通の敵を作って団結する仕組みを作ったのだ。今でも戦争の基本的な考え方として力を発揮している。
産業革命はそれまで家畜の力に頼ってきた人間の暮らしを、人工の動力によって拡大することに成功した。しかし、同時に自然の時間を人工的な時間に変える役割を果たした。農村で季節の変化に従って生きてきた人々は、工場が立ち並ぶ都市に集められ、管理された時間に従って生産性や効率を高めることに精を出すようになったのだ。その結果、自然界にはない製品を作り出せるようになり、支配層だけではなく一般の人々も過剰に物を欲するようになった。それが無限の経済成長を信じる思想を育て、海外へ進出して領土を広げ、自国にはない産物を略奪する行為を正当化した。大航海時代と植民地主義はこうして始まり、人々を生まれ育ちや外見で差別する考えは今でも根強い。
人類が成功者として歩んできたという思想の裏に、実は間違えた道筋をたどった歴史が隠されている。地球環境が限界に達した今、人間の足跡を検証し、正しい道へと社会を向かわせなければならない。現代まで私たちは「過去へ戻れない」と思い込み、ひたすら前を向いて生きてきた。しかし、そろそろ過去の間違いを認め、共感力と科学技術を賢く使う方策を立てるべきではないか。
それは言葉の持つ力を正しく認識し、言葉以外の手段を用いた共鳴社会の構築を目指すことが必要だ。個人の欲求や能力を高めることよりも、ともに生きることに重きを置く。新型コロナに慣れて対面が可能になる今こそ、それを真剣に考えるべきだ。管理された時間から心身を解放し、自然の時間に沿った暮らしをデザインする。所有を減らし、シェアとコモンズ(共有財)を増やして共助の社会を目指すことが肝要だ。それは長い進化の歴史を通じて人類が追い求めてきた平等社会の原則だ。現代の科学技術はそれを可能ししてくれるはずである。間違いを認めず、いたずらに武力を強化して、ふたたび戦争を歩むことだけは決してあってはならない。


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